紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 綾香の写真 2

 
 綾香が撮影した写真は、レンズが広角一本だけに限られていたが、風景を写し撮るだけに留まらず、情緒ある古めかした宿、部屋の小物、宿の食事にと被写体は多くに及び同室であった英子の寝顔までも収めていた。


 風景写真は広角レンズの持つ強みを活かし、広がりのある風景を切り撮り、屋内の撮影では、広角レンズの弱点でもある歪を上手く活かした写真もある。茶器を並べた写真では広角レンズの遠近感を試したのであろう。
 
 レンズの特徴をしっかりと把握し多くのことを試したようだ。もちろん明らかに失敗と思われる写真も多いが、そこから学ぶことも出来るであろう。この失敗を活かすのも、ただの失敗に終わらせてしまうのも本人次第だ。


 英子も敏也も、写真を見て改めて綾香を連れ撮影に行けたことを嬉しく思っていた。そして、しっかりとレンズの特性を教え込んでくれた佐々木に感謝している。


 英子と敏也は、綾香の写真の中から一枚を選び、四つ切サイズのプリントを佐々木に頼んでいた。あえて失敗作をと考えもしたが、やはりここは最良と思う写真を二人は選んだ。


 この写真は、早朝のシーンの撮影で訪れた場所だ。敏也の撮影は、気象条件が合わず断念したが、綾香は敏也の三脚を借りカメラを据えた。


 四方を山々に囲まれた平地に、田が広がり一本の立ち木がある。寒気が入り込み昨日の雨もあってか辺りは薄い霧に包まれている。
 立ち木を右端に配置し、稲の刈り取られた田が写真の全面を覆わないよう、三脚は低めに調整された。奥には山が連なっている。
 絞りは開けず、シャッター速度は遅い。被写界深度(*1)が深まり立ち木から山までしっかりピントが合っている。
 覆った霧がそのすべてをあいまいにし、幻想的な雰囲気を作り出している。


 出来あがった写真は階段踊り場に額装され掛けられた。
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被写界深度 写真でピントの合った被写体側の距離。厳密にはピントが合う状態は一点、
      ないし平面でしかなく、ピントが合ったように見える範囲。

「家族」 綾香の写真 1


 カフェ周辺の山々の頂は、うっすらと雪化粧を始めた。もう間もなく厳しい冬がやってくる。


 インターネット上で多くの憶測が飛び交い、TVのワイドショーまでも巻き込んだ騒動は、結論など出さずとも何時の間にやら終息したようだ。人の興味などは次から次へ移り変わるもので、時間が解決をしてくれる場合が多い。


 カフェは相変わらず多くの客で賑わいをみせ、綾香も英子も忙しい日々を送り、敏也は佐々木を伴い積雪期の山岳撮影に入っている。敏也が発つ前、アシスタントの指名がかかることもほんの少し期待した綾香であったが、声がかかることはなかった。


 写真集でみた風景を思い描き


「何時の日か、あの中に立ちたい」


そう願う綾香であった。


 綾香が撮影旅行で撮り溜めた写真は、佐々木の勧めで、絞り値、シャッター速度、天候、時刻がメモされ、修正ポイントがあれば明確であり自身の教材となる。撮影記録を見た英子と敏也は感心すると同時に、綾香らしい記録も記され揃ってお腹を抱えることもあった。


「今、お腹空いて倒れそう 今日のご飯はなんだろう」


 撮影時の心境も大切なことかもしれない。


 綾香の撮った写真は完成度からすれば決して褒められたものではなく、構図から露出に至るまで改善の余地は十分にある。16歳の子が初めてカメラを手にし撮影した写真では当然のことである。ただ、敏也は綾香の持つ感性に驚きを隠せなかった。


 写真家には大まかに別けて二通りあると敏也は思っており、自ら経営する写真館のカメラマンスタッフに於いても例外ではない。


 記念写真や広告写真に向いたカメラマンか、己の個性、感性を前面に打ち出し、言うなれば芸術家タイプのカメラマンかである。これはどちらの写真家が上か下かの問題ではなく、写真の優劣でもない。目指すもの、己の性格によって分かれるのであろう。今は撮影で現場に入ることをしない英子も、敏也よりも数段綺麗な写真を撮ることも事実だ。


 需要の面でも広告写真などが多く供給する写真家も多い。後者であれば、受け入れられる市場も狭く尚且つ分散してしまう。また後者の場合、成功するしないも写真の優劣ではなく、時代背景、取り巻く環境にも大きく左右されるであろう。


 敏也は、綾香が写真を続けた場合、自分と同じ後者に属するのではないかと感じていた。


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「家族」 英子 2


 KEIは、地元、東京にある写真と音響の専門学校に籍を置き、学生の傍らモデルの活動をしていた。将来的な目標はまだ定まっていないが、製作に携わることを好んでいる。


 モデルはスカウトされたことがきっかけであるが、学校で写真の勉強もし、写される側から見ておくことも役に立つと考え、励んでいた。


 モデルとしては、170cmを越える身長に美しく整った顔立ちでファッション誌の表紙を飾るほどの人気を博している。そして、人気に乗じ彼女の思惑とは関係なく大人達が利用し始める。彼女の心は乱れ、荒れることもあったのだ。


 当時の雑誌制作スタッフへの取材では、


「繁華街をうろついてた現場を関係者に見られたりね、素行も悪かったんじゃないのかな。高慢な態度で悪態ついてたしね、手を焼いたな、彼女には。現場に来ないこともあったし。人気モデルさんだったから、チヤホヤされてたんだろうね。こっちは予定狂わされたって文句も言えないよね」


とあざけるように笑い答えている。


 反対に専門学校の友人からは、


「素行が悪いなんて、そんなのとんでもない。ただただ、音楽が好きでライブ・ハウスによく通っていただけで、私も何度も一緒に行ってるわ。人気モデルだからって私達に高慢な態度を取ることもなかったし。ただ、商品として扱われる自分が嫌だったみたいね、彼女。私たちにはモデルの話も一切しないし、聞かれることも嫌だったみたい。今はきっと彼女自身を見てくれて、受け入れてくれる人と幸せに暮らしてるんじゃないかな。そっとしておいてあげて欲しい」


と、擁護し、同級生が話すように、荒れた一面は仕事関係者に向けられていたようだ。


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