紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 登山資格 2


 敏也は連休中も、自宅に戻る気配は見せず、カフェに滞在を続けている。もちろんカフェでの宿泊は全ての従業員に許されるもので、役員とて例外ではない。休日前夜には知人、友人を伴いカフェで宿泊し、早朝に山を目指す写真館のスタッフも多い。


 綾香は敏也から借りた本に集中し、連休中の時間の多くを読書に費やしている。命の危険性を理解し、自己責任に於いて山と向き合うことができるか、山を諦めるのか、決めるのは綾香でしかないのだ。
 敏也がリビングに顔を出せば捕まえ、本に書かれていて理解出来ないことや、敏也の山での体験も含め多くの質問をしている。自分が綾香に投げかけた課題の責任もあり、敏也もしっかりと受け止め答えている。そして遭難救助に当たった経験を綾香に話した。


 6年前の9月、英子を伴い撮影に入った山で遭難があり、滞在した山小屋の主人らと救助に当たったことがある。幸いに誰一人怪我人もなく救助できたのだが、あまりにも軽率な行動、過少装備などに驚かされた。また救助要請も「動けない」との理由だが、「動けない」ことと「動きたくない」ことはまったく意味が違う。県警からの無線で怪我はないと聞いていたので、ハンガーノック(*1)で意識低下も考えられ救助を急いだ経緯もあった。動けないとした女性が、山小屋に着き安心して気を緩めたのであろうが、放った言葉も忘れることが出来ない。


「なんだ、ヘリコプターじゃないのね、残念って思っちゃた」


 こちらは危険を伴う中、一時間以上暗がりの山道を探し歩いたのだ。自分の行動に見返りも感謝の意を求めることもないが、怒りを通り越して呆れ果ててしまった。


 山はいくら用意周到したとしても、予測不可能な事態に陥ることもある。だから、困っている者がいれば全力で助け合う。しかし、ここ近年の遭難の多くは、ただの認識不足だ。少なくとも綾香には理解して欲しいことで、理解できるまで、山岳地の撮影に連れて行くことはないであろう。
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 (*1)ハンガーノック 運動中に起きる極度の低血糖状態。自己の意思とは関係なく身体  の動きが止まる。耐久スポーツの分野で使われることが多いが英語ではないのでご注意を。英語表記では Hitting the wall

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