紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 登山資格 1


 クリスマスを終えカフェはしばらく休暇に入る。年間を通じ連休はこの期間だけで、敏也も撮影の日程をこの日に合わせ調整をしている。

 カフェの前にそびえ立つ山は中腹辺りまで雪に覆われた。


 綾香は英子と出かけたサイクリング途中で、休憩に立ち寄ったコンビニの駐車場から、山を眺めている。英子が店から出て


「きれいね」


と声をかけると綾香は


「ねえ、英子さん、あの山登るの大変かな」


「もちろん大変よ。雪がなくっても山登りは大変だもの。私もあの山が大好きでよく登ったな。鹿さんには毎回会えるし、一回だけカモシカさんにも会えたかな。あの山の奥にはまだまだ山があってね、反対側に降りると渓谷になってて、そこが一番きれいかな」

「いいなぁ。私も登ってみたいな」


「そうね、雪がないときに登ってみようか」


 綾香にとって雪化粧をした山は魅力的だが、やはりこの時期の登山はよほど危険なのであろう。


 今日の現像作業は、写真館に敏也へ来客の予定があり、同行することが出来なかったが、綾香と英子がお茶を楽しんでいる夕刻前にはカフェへ戻って来た。


 綾香は英子の山の話に耳を傾け、敏也はビールを注ぎテーブルに着いた。山に登りたいと願う綾香に敏也は棚からおもむろに数冊の本を取り出し綾香に渡している。


「まずはこの本をしっかり読んで、それからだな」


 手渡された本は


「山岳遭難の教訓」「道迷い遭難」「気象遭難」の三冊で、いずれも著者は羽田治とある。


 綾香は、如何なることにも前向きな姿勢を通す敏也に、写真家としてだけではなく一人の人間として尊敬の念をも抱いているが、自分が予測した返答とは違った反応を見せたことに驚いている。


「山は興味本位の憧れだけで立ち入るところではない」


 楽しい会話に水を差してしまった結果になったが、英子も敏也の言葉にうなずき、綾香を見つめている。


 自然と山を愛する敏也は、自然の、そして山の怖さも知って初めて好きになれること。下界の守られた環境で、山が好きだと思うことも憧れることも自由だが、立ち入ることは別だと話す。


 綾香にとってネガティブな発言に取られてしまったようだが、敏也にとってはもちろん前向きな姿勢で話したことだ。


 撮影で山に入ると、多くの登山者と行き交う。十分な経験と豊富な知識を持ち合わせた登山者だけではない。軽装で食料も十分持たず、登山届けすら出さずに山に入る。どんなベテランでも初めて山に入ることを経験し、誰しも初心者から経験を積む。初心者は山に入るななどと唱えるつもりはなく、ただ、安易な気持ちで山に入る登山者をみて残念に思うのだ。


 安易に入山し、遭難すれば多くの人に迷惑をかける。安易な救助要請も多く、他人をも命の危険にさらす。事実、救助隊員が命を落とす事例も後を絶たない。


 綾香が山に憧れ、登山をしたいのであれば、そこから考えてスタートして欲しいと敏也は願った。
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