紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 旅行 1

 
 敏也が提案していた旅行が決まった。遊びではなく、あくまでも研修だ。子供が産まれたばかりの幸も、実家に子供を預け参加することになった。


 早朝、三島から東京へ一旦出るのだが、向かった先は、新幹線ホームではなく、在来線だ。


「え~新幹線じゃないんだ、もう、ケチっ」


 綾香の文句にも敏也はニコニコと笑うだけだ。売店で飲料を買い込み列車に乗り込みだ。列車に乗る前は拗ねていた綾香も、ゆったり流れる車窓からの景色を楽しんでいるようだ。早速、敏也とビールを開けている坂崎も


「いや、なかなかいいもんですね、この時間も。いつも東京までは新幹線を使ってしまいますけど、列車に乗ることさえも楽しめますね。決して無駄な時間ではなく有意義ですよ。急いだところで何するってわけでもないですしね」


 ゆったりとした時間が流れる中で、見えてくるものもあるはずだ。時間短縮で失うものも多い。時間の有効利用とは、決して急ぐことだけではないはずだ。


 一行は東京から中央本線に乗り換え、清里を目指した。美しい高原が広がる観光地であるが、過度な開発により、多くのものを失った土地でもある。人のもたらす欲がどれほど凄まじく、そして、どんな結果を招くのかこの町はよく理解しているはずだ。


 清里駅前には開発されると共に、多くのタレント・ショップなどが軒を連ねた。この美しい高原にいったい人は何を求めたのであろうか。押し寄せる観光客を受け入れる宿泊施設も乱立し、過ぎ去ったブームが残した傷跡は、あまりにも大きい。


 宿は大型のリゾート・ホテルを予約していた。地域性なのであろうか、温泉旅館の類はほぼなくホテル形式だ。夕食までの間、各自、自由時間で、大浴場で温泉を楽しむ者、部屋でくつろぐ者、それぞれに楽しんでいる。


 明日は早い時間からホテルを出発する予定で、夕食は日本食レストランに17時の予約を入れてた。前菜の三種盛が出された後、お造りが提供され、綾香が思わず口にした。


「山に来てお刺身もなぁ~。伊豆で美味しいお刺身いっぱい食べれるのに」


 今の時代、冷凍、冷蔵技術も素晴らしく、輸送も早くて、どんな深い山間でも海鮮物に困ることはない。しかし綾香が感じたように、訪れた者が食べたいと思うか疑問だ。他所の土地を訪れたのあれば、その土地の物を食べてみたいと思うことが、ごくごく普通のことであろう。口に合わないものであっても、それがまた旅の良い思い出となってくれる。


 料理はその後、お造りに驚くだけではなく、伊勢えび、アワビと続いて提供された。唯一の救いは鉄板焼きであろう。


 豪華な食事が提供されたが、満足出来たのであろうか。敏也は多くのことを感じて欲しいと願っていた。


 英子は、明日、夜明け前にはホテルを出発する為、みなに早めの就寝をするよう伝え、敏也と坂崎には釘をさしていた。


「お酒はほどほどにしてくださいよ」
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