紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 憂鬱な日 1


 綾香がギャラリーに来て約半年が過ぎ去ったが、母親から捜索願いが出されることはなかった。撮影で留守の多い敏也の顔はしばらく見ていない。カフェの仕事は順調であるが、写真が頭から離れることはなく、交代でアシスタントとして同行する写真館のスタッフを、羨ましいと思うこともある。


 9月25日、今日は綾香にとって一年で一番憂鬱な日である。


 幸いにも店は定休日で気持ち的には楽なのだが、逆に忙しい中に身を置くことによって、嫌な気持ちを忘れることができるのかもしれない。


 「綾香、今日はいいから出かける準備しよっか」


と英子の声が聞こえ、振り向くと優しく微笑んでいる。


 店の定休日とはいえ、英子にはソースの仕込みなど多くの仕事があり、遠方に出かけることなど無理だ。事情はわからないが、部屋に戻り準備をしていると、撮影地から敏也が戻っている。顔を見て驚くも、朝から憂鬱な気分が晴れることはない。


 敏也は少し付き合って欲しいと綾香を連れ出し、先ずは敏也の行き付けの自転車店に向かった。


 店に着くと細かな部品を見定め、店長に何かしらの指示をし、支払いをしている。


 綾香はほぼ毎日のように自転車で出かける英子を見て、自分も自転車に乗りたい気持ちが高まり、自転車のことをよく英子に尋ねていた。記憶にある子供用自転車とは大きく違い、乗ってみたいと口にすることもあったが、身長差が30cm近くある英子の自転車ではとても無理な話しだ。


 自転車店を出て、今度は全国チェーンのカフェへ向かった。視察なのだろうかと綾香は思ったが、その必要もないであろうし、単に時間をつぶしているようである。深く考える必要もなく、敏也と写真の話がゆっくり出来る、この時間を楽しめば良いし、英子のお手伝いが手に付く気分でもない。


 敏也の携帯が鳴り、電話を取るが無言で相手側の話を聞き、


「わかった」


とだけ返事をし電話を切ってしまった。


 電話があってから一時間ほど経ち店に戻ったのだが、店の前に出されている看板は休業のままなのだが、貴子や他のスタッフの自転車もあり、常連の自転車も車も数台停まっている。


 お店に入ると、普段は使われることがない仕切りのアコーディオン・カーテンが、ギャラリーとカフェの間を閉ざしていて、いつもと違う雰囲気だ。敏也に背中を押されカーテンの前に綾香は立たされた。
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