紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 新たな地 3


 住居の片付けも終わり、敏也は綾香を連れ行動を開始した。まだ本格的に撮影に入るのではなく、下見で下界での撮影ポイントを探していく。気になる情景があれば、季節、時間、また、どんな天候であればより良い写真に仕上げることが出来るのか、事細かに記録し撮影の計画を立てていく。もちろんシャッターチャンスがあればその都度カメラに収めていく。そして早朝の情景を下見することもあり、住居に戻ることは少なく、麓の宿に滞在することが多い。


 留守を預かる知明子は、家事を中心に時間を費やすが、あまりにも時間をもてあましてしまう。戻った敏也に自分の思いを話し、相談をしていた。


 「せっかくお店があるんだから、オープンさせたいな」


 敏也は知明子に求めることを、滞りなく撮影が行えるようにサポートしてくれることが優先であると説くが、知明子の気持ちも十分に理解出来る。適度なストレスを加えることも、生活に張りを持たせるのであろう。もちろん過度なストレスは禁物だ。敏也は撮影を月曜から木曜に集約し、試験的に週末の土、日曜日のみ営業することを決めた。


 知明子は仕入先の選定や、備品などの購入を英子と相談しながら進め準備に大忙しだ。幸いにして、この地は新鮮な魚介類に困ることはなく、野菜は近くの減農薬で生産する農家に、わけてもらえることが出来た。生産者の苦労を思うと頭の下がる思いだ。


 店名はいくつかの候補の中から綾香が提案した「ちゃりんこカフェ」と決まった。サイクリストの休憩地として、サイクリングロード、観光地の案内も発信して行く。また、自転車の整備が出来るスペースを設け、工具の貸し出し、部品の販売もおこない、伊豆半島を訪れるサイクリストのサポート拠点となる店を目指していく。ボトルへのミネラル・ウォーターの補給も無料で行えるようにするつもりだ。


 英子も訪れ知明子と一緒に開店準備をし、メニューの構成や最終レシピの調整に入っていた。


 朝はドリンクにトースト、ゆで卵、サラダのセットで、お昼はパスタの単品かサラダ、ドリンクのセットである。単価も抑え、朝が480円、お昼がセットで980円からの設定をした。 


 知明子はモーニング、ランチ共サラダバーを望み、美味しい野菜を思う存分楽しんでもらいたいと希望したが、供給量が読めないうえ、生産者の気持がこもった野菜を廃棄しなければならない場面も想定され、サラダ・バーは取りやめることにした。 
 
 パスタはソースに合わせ、カッペリーノ、スパゲティ、フィットチーネを使い分け、ショート・パスタや板状のラザニアもメニューに加わる。そして、季節により素材が変わるが、伊豆の魚介類をふんだん使ったペスカトーレが、単品でも1600円してしまうがおすすめである。原価は優に60%を越え利益が出ることはなく、10食の限定で提供される。


 このとき業者から生ビールのサーバーが届きセットされた。


「ちょっと知明子さん、ビールなんて出るはずないでしょうよ、どう考えたって」


「ですよね、私もアルコール類はまったく考えてなかったんですけど、どうしても先生が、、、」


「呆れた社長ね、まったく」


と微笑み、


「ビールの伝票は会社で支払いできませんからね。先生が個人で頼んで支払いしてください、ってちゃんと伝えて下さいよ。会計士さんに怒られちゃいますよ」


 看板も出来上がり、出入り口上部には自転車を模った木製のオブジェが据えられた。オープンまでもうしばらくである。 
                                      33

×

非ログインユーザーとして返信する