紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 雪子 3

 
 しばらくして車のライトがカフェを照らした。綾香と敏也が戻り、二人で外に出迎えると、


「あ、ゆきねーだ」


と綾香が車の窓を開け手を振り、車から飛び出すといきなり雪子に飛びついている。そして敏也は、


「や、雪ちゃん、いらっしゃい」


とだけ言葉を掛け、車の荷物を降ろし始めた。4人で中に入れ込むといきなり知明子が


「ちょっと、先生も綾香も臭いから、早くお風呂入ってきて」


と即し、敏也は綾香に背中を向け、


「よしっ!、チビばい菌、ここに乗れ」


と、綾香は背中に飛び乗り背負われた状態で、


「ボスばい菌、お風呂場に直行せよ」


とお風呂場を指差し一目散に2階へと走り抜けて行った。二人の姿にようやく雪子から笑顔が見えたのだ。撮影から戻ると、二人は異常にテンションが上がる。


 雪子は荷物を片付ける知明子を手伝うと、それが撮影機材だとすぐに気が付いた。


「マスターの本職はカメラマンで、綾香はお弟子さんなの」


 一冊の写真集を手にしてこれはマスターの作品よと雪子に手渡した。表紙に書かれた名前を見て、雪子は7年程前の騒ぎを思い出していた。


 敏也が撮影した写真が大きな賞にノミネートされたのだが、写真が受賞する部門はなく特別賞だ。辞退を申し入れたにも関わらず受賞が決まり、敏也は表彰式に参加せず大きな波紋を生んでしまった。賛否両論あったが敏也はずっと沈黙を守り、以後この写真も封印してしまったことがある。これもまた遠い昔の話で、今は誰も敏也にその件を触れることはしない。


 雪子は、とんでもない場違いのところに押しかけてしまったのだと知明子に話すと、


「とんでもないよ、そんなこと。先生はね、地位や知名度で人を見ることはないし、今ここに雪ちゃんがいることは、これは縁があってのことなの。自然に導かれたことなのよ」


 風呂から上がった敏也に、雪子が話をしようと姿勢を正し向き合うと


「うち給料安いよ」


と全てを察し敏也から口を開いた。雪子は、


「お金ではありません。私はずっと自分の居場所を探して彷徨っていたんだと思います。ここに初めてお邪魔したときに、すごく居心地がよくって、飾らずに自然でいられる自分がいて、何かすごく不思議な感じがして、もしかしたら、ここはって思っていたことが、先日お邪魔したときに、私がいるべき場所だって、確信したんです」


と話し、敏也は黙ってうなずいていると、綾香が、


「もう堅苦しい話はやめてご飯にしようよ、お腹すいたよ」


と雪子への綾香なりの配慮だ。そしてテーブルに付くと真新しい雪子の箸とお茶碗が用意されていた。荷物の届いた日に知明子が買い揃えていた。雪子は箸を手に取り、涙を流しながらじっと見つめている。こうして雪子にとっても新たな旅立ちをし、この伊豆の地でひとつ屋根の下で暮らす関係となった。


 そしてカフェは、雪子を加えたことで平日も営業をし、平日に訪れるサイクリストはもちろん、地元の主婦にも受け入れられて多くの客で賑わっていった。
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