紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

“Soul bar-IORI” 和製英語2


 優子が何を言ったのかを問うと、クリスティーネはこう話した。


「あなた達は、私が日本語を話せることを知っています。なぜ、英語で話しかけるのですか?私と話がしたいのですか?私と話がしたいのであれば、日本語で対応できます。それとも英語での会話を楽しみたいのですか?私は英語が得意ではありません。外国人を見て、すべて英語を話すと思わないで欲しい。あなたがしてることは、私と話がしたいのではなく、自分が英語で話をする満足を得ることだけです。あなたと話す気にはならない」


 欧米の方は個人を尊重した上で母国に対し誇りも持っている。自分本意だけで他を認めようとしない日本人の個人主義、愛国心のなさとは違うようだ。


 彼女が怒りを表したのはよく理解できる。海外に行き、見ず知らずの人から日本語の練習台にさせられたり、訪れた国の言葉が理解でき、相手も知る上で、いきなり中国語で話しかけられれば不快に思うであろう。


 人と人がコミュニケーションを取るのに、言葉は重要なアイテムの一つであることに違いない。ただ、話すことが出来なくとも通じ合うことは出来るのではないだろうか。それは心と心でしかないと思う。言葉が話せたとしても心がなければ、通じ合うことは決してない。日本人の多くが表面的な体裁に拘り、大切な心を失っているのではないであろうか。


 クリスティーネは、髪の色も、肌の色も、目の色も違い好奇の目で接したい気持ちもあるであろう。しかし、彼女は心を持った一人の人間だ。興味本位で接するほど相手に失礼なことはない。


 男達はこの場から去る以外ないであろう。


「ありがとうございます。2600円でございます」



Casiopea - Galactic Funk
 
 BGMに日本のジャズロック、フュージョンバンドを選んでかけてみた。個人的な好き嫌いは当然あって致し方ないと思うし、好きな方を否定するつもりはない。ただ、私には技巧に走り何か肝要な部分が抜けているような気がしてならない。世界に通じるにはやはり心でしかないのだと思う。テクニックの発表会は私にはいらない。真似事ではなく、日本人が感じ、それを世界に発信するべきことがあるはずだ。本物に対するには本物でしかあり得ない。


 カラン、カランと呼び鈴が鳴り、客の来店を知らせた。程よく酒の回った男二人組だ。


「お~外人さんだよ、アイムジャパニーズサラリーマンね。サンキュー」


「お~ユーアースマートでもグラマーね、ボン、キュッ、ボン。イッツグレイトね~」


 だめだ、、、こりゃ。サラリーマンは和製英語であり、“smart”は体型を表す言葉でもない。意味が通じないことが幸いすることもあるのかもしれない。


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