紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

出来ることならば初話からお読み頂ければ幸いです。

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 連載中

大海原 Second piatto 難しい問題


 携帯の着信音が鳴った。うとうとしたのであろう。ザックの中から電話を探し確認すると先方からメールが入っている。


「娘の用事で外出しており、連絡が遅くなりました。日立駅に来ることできますか?」


「もちろん行けますとも!」


 心の叫びと同じメールの返信をしていた。数回メールをやり取りし、17時に日立駅前と決まり、シャワーをして準備だ。自転車で行く必要はなく一駅だけ列車での移動だ。


 駅まで徒歩で行き、列車の到着を待つが、時間がなかなか過ぎない。


 一週間、一ヶ月、一年などあっと言う間に過ぎ去って行くが、この待っている十数分の時間が無性に長く感じる。同じようなことであるが、日々、12時から13時の間が、まるで誰かが時計を早送りしているように感じる。そして最悪なことに13時から15時までは、時計の針に重りが付けられた感じすらするのだ。


 これも相対性理論なのであろうか、、、アインシュタインの相対性理論は私の能力では理解できないが、これが相対性理論に基づくことであるならば


「ある、ある!」


である。ただ、相対性理論を理解しておらず、基づいているのかも不明である。


 私は星を見ることが大好きだ。それ故に「宇宙」に関する本を読むことが多く、必ず登場してくるのが、このアインシュタインおじさんである。


「お願いだから、出てこないで」


との願いは受け入れらることはなく、それもほぼ巻頭に出てくることが多くやっかいである。誰か、この難しい理論をわかりやすく説明できる方はいないのであろうか、、、きっと書いてる人も理解して書いていないのだろうと思う。


「池上(彰)さんって すごいなぁ~」と改めて関心をしてしまうのだ。


  駅で列車を降り、階段を上がると先ほどの展望室だ。


「もうあそこからの景観を見ることはないのかもなぁ~」


と思った数時間後に、またこの場所に立つことができた。


 私の住む三重県四日市市は、伊勢湾の海を望むことができるが、大気汚染にまみれた地であり、当然海も汚れ、外洋の大きさと美しさに思い馳せる。


 そろそろ約束の時間で、駅前のロータリーに出て待機だ。


 この駅は美しく、出入り口の外には「平和の鐘」がある。人は平和を望み、紛争ではなくとも他人との勝ち負け、争いをも好む矛盾した生きものだ。欲が渦巻き、他を認めず己の主張のみする人類に平和は訪れるのであろうか。相反することさえ望むのが人であり、知恵と欲がもたらす何物でもない。


「痩せたい、、、けど、あれも食べたい!」


どちらの願いを叶えてよいのやら、きっと神様もお困りであろう。


 しばらくすると、先方より着信があり、合流することができた。

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