紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

“Soul bar-IORI” Blues


 バーカウンターの中には、酒を並べた棚の上に裕に1000枚を越えるレコードが並ぶ。“Delta”と分別された中から一枚を選び、ターンテーブルに置き針を落とした。



Robert Johnson- Crossroad



 コロンブスがアメリカ大陸に侵略をし、100年程経った1619年、アフリカ西岸から、「奴隷」として連れて来られた人達が初めてアメリカの土を踏んだ。その後、多くのアフリカ人が奴隷商人達に連行され、主にアメリカ南部においてタバコ、綿花の栽培に従事していく。この労働中に唄われた歌が、フィールド・ハラーと呼ばれ、奴隷として働かされたアメリカ人達の音楽のルーツである。


 アフリカ音階に忠実だったものから、西洋音階を取り入れ進化していくが、元々アフリカ音階に存在しない音は正確な音程が取れず、「ズレ」を生じさせてしまう。この「ズレ」が正にブルーノートであり、この曖昧な音を半音で音程を合わせたものがペンタトニック音階で、近代音楽の基礎となっている。近代音楽は、アフリカ系のアメリカ人達によって作り上げられたと言っても過言ではないであろう。


 南北戦争後、奴隷として従事していた人々は自由を勝ち取るが、名ばかりの自由であり、苦しみや悲しみを12小節を繰り返す音楽に残した。これが“blues”である。


 多くの音を外し、元気いっぱいに大勢で、ハモることなく同じ旋律を唄って踊る、我が日本の愛すべきアイドル達も、新たな近未来に向けた音楽の創造なのであろうか?、、、笑える。


 ドアの呼び鈴が鳴り、客の来店を伝えた。


「いらっしゃいませ」


「一人なんですけど、いいですか?」


「もちろん。お好きなお席にどうぞ」


「わ~、ブルース素敵ですね。バーボンが飲みたくなりますね。え~と、ハーパーをロックでお願いします」


 BluesやJazzを聴くと、私も何故かバーボンが欲しくなる。丸く削った氷をグラスに落とし、ハーパーを注ぐ。「コク、コク、コク」ボトルから注がれる音がたまらなく好きだ。髪の長い女の前にチェイサーとチャームを添えて出した。


「ブルースやジャズを聴くと、心にじーんとくるものがありますね」


 そう話しながらハーパーの御代わりを頼んだ女は、繁華街のラウンジでピアノの弾き語りをしていると言う。そしてジャズを唄うことが難しいとこぼす。


「歌は、込められた感情で、聴くものに感動を与えるのだと思います。ジャズを生んだ背景は、日本人が経験することはないでしょうね。心の奥底から滲み出てくるものがあまりにも違いすぎますよ」


「そうなんですよね、それをどう表現するか」


「無理に表現しても、それは偽りでしかありませんよ。実際に経験していないことに対して、同じ気持ちになれるとは思えません。ご自身の解釈で好いのではないですか?」


「・・・・・・・」


「彼らが味わった苦しみや悲しみを、本当に理解することは出来ない。その感情を歌にこめても嘘になってしまう。それでは人に伝えることなどできない。ただ、このような過ちが二度と起きないようにと願うことは出来ます。その気持ちに偽りがなければ、その気持ちを歌に込めればよいのではないでしょうかね。きっと表れてくるものが違うと思いますよ」


 日本にも多くの差別が存在し、行政、教育はもちろん、国民にも責任がある。人が無意味な欲を捨てない限り下に人を作り、差別はなくなることはないであろう。

“Soul bar-IORI” ヴォジョレ

 17:00 バーのオープンである。オープン一曲目のBGMは決めていた。理由はただ好きなだけである。“THE CRUSADERS” 1970年代に活躍したアメリカのジャズロックバンドで、都会的に洗練された音ではなく、アメリカ南部の泥臭さを持ち、根っこにはしっかりとブルースを感じる。このバンドは多く取り上げていくであろう。



Sprial - The Crusaders


 店内は、チャームに出すガーリックトーストが焼き上がり、芳ばしい香りが漂っている。バケットを1cm幅で切り、ガーリックをパンに擦りつけバターを塗り、チーズを乗せて焼き上げた。最初のドリンクと同時に一人二枚を提供する。


 18:00頃、ドアに付けられた呼び鈴が鳴り最初の客が訪れた。スーツ姿の40代前半の男と20代半ばの女である。


「いらっしゃいませ、お飲み物はいかがなさいますか?」
  「そうだな、取り敢えずビールを二つ」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」


 ビールを頼む客は、ほぼ取り敢えずを付ける。不思議だ。二杯目から飲み物を換えるならまだしも、取り敢えずと頼み、ビールを飲み続ける人は、、、笑える。


 男はカウンター越しに酒の棚を覗き込み、ラックに寝かせたワインを見つけたようだ。連れの女に確認を取り、


  「ワインもあるんだな、ワインをもらおうか。ボジョレーはあるのか?」
「はい、ボジョレですとムーラン・ナ・ヴァンをご用意致しております」
  「ヌーボーはないのか?」
「申し訳ございません、、、」
   「帰るか」「え?」


 バブル経済真っ只中、ボジョレ・ヌーボーが紹介され一大ブームを巻き起こした。その後、ブームは下火となり沈静したが、ブームの再来を予感させる。今もボジョレ・ヌーボーの生産のうち4分の1程が日本にやってくる。ワイン消費が日本に根付いた証しであろうか?そんな訳はない。ワインを理解しないが故に、買い求め「お祭り」を楽しむのが日本人であろう。


 ボジョレ・ヌーボーとは、ボジョレ地区でその年に収穫された「ブドウの出来具合」を確認するために仕込まれる試飲用の酒で、ワインの製法とも異なっている。主にワインの買い付け業者向けに製造される酒で、ブドウを収穫し、仕込が済んだ際のお祭りにも飲まれる酒だ。ワインの製法と異なり、経年熟成もしない。ワインとして楽しむらな、決して美味しい酒ではないであろう。試飲用の酒を飲んで美味しくないと感じ、ワインの価値を下げてしまうのではないだろうか。


 ワインの仕込みを終えたお祭りに、地球の裏側から参加する意味がどこにあるのか、私にはわからない。ブドウの良し悪しを見極め、いずれ出荷されるであろうボジョレ・ワインを選ぶ際の指針にするのであろうか?おめでたいことだ。


 酒もあくまで趣向品であり、好きに楽しむのも自由であるが、金に任せて買い付けをし、他国の大切な文化に、土足で踏み込む様な真似だけは慎むべきであろう。ボジョレ・ヌーボーの解禁日が、店のオープンとほぼ重なり、求める客も想定したが、決して用意するつもりはない。


 ボジョレの中で、特に素晴らしいワインと思い仕入れたムーラン・ナ・ヴァンを売り損なった。今日の売り上げ、チャージ500円、ビール700円×2=2400円、、、ショボン

“Soul bar-IORI”  開店準備


 街路樹が葉を落とし始め、もう間もなく冬が訪れようとしている。街にはクリスマスの飾り付けが始まり、寒さが増していくと共に感じる寂しさを、紛らわしてくれる。


 繁華街から外れた路地裏に、一軒のバーをオープンさせる。ソウル・バー、魂のバーである。ちなみにSeoul、韓国のソウル特別市は関係ないので、、、キムチはない。後、看板が「居酒屋」なのだが、どうか、お気になさらず。


 音楽を主体にしたバーで、中心はアフリカ系アメリカ人の音楽であるが、Soulに限ったわけではなく、Blues Gospel Jazz R&B  Rock Funk 多くのものをかけていく。rapは好きではないので かけることはないだろうが、ラップはよくかけている。つい先ほども仕込んだ料理に使ったばかりだ。サランラップとクレラップを比べた場合、サランラップのが、、、きっと好き。しかし、開店準備で買ったのは安いトップ・バリュー製品だ。ラップに拘りはない。ただ、「こんな日本に誰がした?」と問いた場合、イオンの持つ責任も重大であろう。イオンは、、、マイナスがいい。開店準備に入る前に、滝に行っておけばよかった。


 音楽としてのジャンルSoulは、1950年代にアフリカ系アメリカ人の音楽のルーツ、GospelやBluesから派生した音楽だ。ヨーロッパ系アメリカ人からの根強く残る人種差別に対し、活発な公民権運動(人種差別をなくし、人としての尊厳を取り戻す運動)が行われた時代背景もあり、世界的な流行をみせたこの時代のアフリカ系アメリカ人の音楽を、「魂」と呼ぶようになったのであろう。


 時代と共に音楽は様変わりしジャンル別けされるが、レコードを売りやすくするための施策であり、さほど意味は持たない。SoulとR&Bの違いを述べよと言われたら、私には答えられない。ただ、「ビートルズ」だと思い込んで買って来たレコードが、「ずうとるび」だったら、ちょっと、、、嫌。


「山田君!座布団一枚持ってきてー」


 元ずうとるびの山田君は子供の頃から「笑点」に出ていたらしい。知らなかった。きっと世の中、知らないことがもっとたくさんあるはずだ。


 酒はバーボンを中心に取り揃えたが、スコッチを好む客もいるであろう。シングル・モルトを、、、「少っち」だけ用意した。そのほかカクテル用にリキュール、スピリッツ類に、ワインも数銘柄はある。本当は日本酒も置きたいのだが、とりあえず見送ることにした。「とりあえずビール」のおじさん達もきっと多いはずだ。ビールも数種、瓶を用意している。「バドワイザー」も用意したが、「バド・ガール」はいない。自分で着てみるか、とも思ったが、やめておいた方が無難であろう、たぶん、、、風邪引くの嫌だし。


 準備は整った。気が向いたら店をオープンしよう。