紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 帰郷

 一行が東京に戻るとすでに日は落ちていた。昨夜見た星空は何処にも見えない。英子は雪子に三島までの乗車券と特急券、そしてタクシー代を渡し、


「私と敏也さんは、ここから別件で出かけますので、明日はしっかりと身体を休めてくださいね」


 雪子と綾香、そして清流荘のメンバーは伊豆へ、英子と敏也は東北方面に向かうため新幹線に乗り込み別れて研修を終えることとなった。


 次の休日前、雪子は


「今日、仕事が終ってからそのまま新潟に一度帰りますので、今日は戻りません。旅行でのお話、帰ってから返事をさせて頂きます。それまで少し待ってください」


 綾香はすでに自分の意思を英子と敏也に伝えていたが、雪子はこう言い残して故郷の新潟に戻っていった。


 新潟市内のホテルを取り、翌日、育ての親、叔母の元を尋ね、除籍の願いをし両親の眠るお墓に姿を見せていた。お墓にはまだそれほど日が経ってない花が添えられている。
 懐かしい雪子の顔を見て、住職が話しかけてきた。


「やあ、雪ちゃん、元気にしておったかな? 先週かな、40半ばぐらいのご夫婦が見えてお墓参りして行きなさったよ。なんでも伊豆から来られて、ご両親とは面識がないけど、ここに眠る方の娘さんと縁があってと言ってたな。雪ちゃんのお知り合いかな?」


「はい、きっと」


 雪子は両親の眠る墓に手を合わせ、敏也と英子の話をしていた。そして、新しい父と母の元へ行くことを許して欲しい。私を産んでくれてありがとう。


「いい縁があったね」


住職はうなずき優しく微笑んでいた。


 伊豆へ戻った雪子は、両親への墓参りの礼を告げ、敏也と英子に


「お父さん、お母さん、宜しくお願いします」


と頭をさげていた。


 こうして多くの偶然が重なり知り合った4人は、長い年月を経て家族となった。


                                    家族 完

「家族」 旅行 2


 翌朝、宿が指定する時間の朝食を待っていては行程に無理がある。予約の際に、何かしらの代替ができないか打診したが、対応できないとの返事であった。朝食はコンビニで買い込んで八ヶ岳を目指した。


 八ヶ岳とは特定の峰を指した山の名前ではなく、いくつもの山が連なった連峰である。南北に別れ、併せて20km以上に及ぶ火山郡の総称で、目指したのは南八ヶ岳の主峰赤岳から横岳、硫黄岳の縦走である。


 初めて登山をする者もおり、随所に休憩を入れ、かなりのスローペースで登っている。やがて赤岳の頂を目指す尾根に出ると一気に視界が開け、南アルプス赤石山脈の展望ができる。そして、山頂に着くと360度の大パノラマが待ち受けていた。


「うあっ、富士山だ、おっきい、すごいねー」


 初めて山の頂に登り富士を見た雪子は大はしゃぎだ。そして綾香が、南方の南アルプスに身体を向け、指を差し、


「ゆきねー、こっちの一番高い山が北岳で、2番目に高い山なんだよ」


 山のことはより多くの知識を持つ綾香は、得意そうに話した。


「凄いね、綾香。ここは一番高い山と二番目に高い山がいっぺんに見れるんだ。ほんと綺麗」


 山頂に辿り着くまでには、きっと苦しいと感じることもあったであろう。それ故にここで見られる景色はより感動を与えてくれる。雪子も今日見た美しい景観を、決して忘れることはないであろう。


 綺麗な景観の中で昼食を済ませ、さらに足を進めた。赤岳山頂から尾根を伝い、横岳に向かうと高山植物が一行を出迎えてくれる。白、黄、紫、赤、色とりどりの花が咲き誇っている。花を摘み持ち帰りたいと言った雪子に敏也は、


「絶対にダメ。ここで見るのが一番綺麗なんだよ。花だって一番綺麗に見られるところで咲いていたいさ」


 花畑を過ぎ、しばらくすると山小屋が見えてきた。今日の宿泊場所だ。敏也が扉を開け声をかけた。


「こんにちは」「お世話になります」「おばちゃん、こんにちは」「初めまして」


「あれ、写真の先生、いらっしゃい。綾香ちゃんも一緒やね。あれま、今日はまた懐かしい顔が、確か英子さん、、、そうそう英子さん」


「ご無沙汰しております。覚えていてくれてたんですね、ありがとう」


「さあさあ、部屋に荷物入れてゆっくりしてや、な~んもないけどな」


 清流荘の女将は頭の下がる思いであった。


 シャワーを交代でする間、外のベンチにみんなで腰掛け、景色を見ながらビールを開けていた。八ヶ岳の山小屋はシャワー、お風呂の設備もある山小屋も多いのだ。ビールを手に坂崎が叫んだ。


「最高ですね、こんな美味しいビール初めて」


 夕食の準備が整い食事が始まった。豪華な食材などどこにも見当たらない。名店と言われた店で修行をし、一流の料理人である坂崎も


「私が作る料理など、いったいどれ程の感動を与えられるのか。今、頂いている食事に遠く及ばない」


 状況は違えど、これが食事の持つ素晴らしさであろう。食べることへの感謝、食材への感謝を坂崎は言葉にしていた。雪子も同じ料理人として感じることも多いであろう。食事の途中に山小屋のおかみさんが訊ねた。


「先生、明日の朝はどうするだかな?」


「ええ、夜明け前には出発して山頂で日の出をみようかと」


「ほんなら、朝ごはんにおにぎり作っとくわな」


「はい、宜しくお願いします」


 昨夜の宿とは大きな違いだ。


 夕食が終わると、雪子と綾香が英子に、敏也も一緒に話があると伝えていた。英子と敏也も同じであり、英子が二人を外に呼ぼうとしたところであった。


「じゃあ、先生から先に話してください。私達はその後で」


「そうか、わかった。雪子、綾香、私達の娘になって欲しい。もちろん二人で相談することも、誰かに相談することもいいんだけど、あくまでも自分の意思で決めて欲しいんだ。英子と話して来月初めに入籍することにしたんだけど、そのときに養女として迎えたいんだ。4人一緒の家族」


 雪子も綾香も言葉を失い、見る見るうちに目には涙が溜まり、今にも溢れ出そうだ。しばらく沈黙していた敏也は


「今すぐ返事をくれとは言わないから、ゆっくり考えて欲しい」


こう言って敏也は英子と一緒に二人に頭を下げていた。


「今度は二人の番だね」


「これ、綾香と一緒に選んだんです。4人お揃いの指輪、、、綾香も私もずっとお二人の娘のつもりでいま、、二人が結婚した後もずっとそう思って、、、それで、この指輪は、、、4人の絆、、、その証し、、、」


 綾香から英子、英子から雪子、雪子から敏也、敏也から綾香にリングがはめられた。


 綾香も英子の目からも涙が溢れ、涙をこらえて精一杯話した雪子の目からもとうとう涙が溢れ出してしまった。敏也も、また、涙をこらえることができなかった。


 暗くなりかけた空に、うっすらと星が輝き始めた。もうまもなく満天の星が夜空を飾るであろう。
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「家族」 旅行 1

 
 敏也が提案していた旅行が決まった。遊びではなく、あくまでも研修だ。子供が産まれたばかりの幸も、実家に子供を預け参加することになった。


 早朝、三島から東京へ一旦出るのだが、向かった先は、新幹線ホームではなく、在来線だ。


「え~新幹線じゃないんだ、もう、ケチっ」


 綾香の文句にも敏也はニコニコと笑うだけだ。売店で飲料を買い込み列車に乗り込みだ。列車に乗る前は拗ねていた綾香も、ゆったり流れる車窓からの景色を楽しんでいるようだ。早速、敏也とビールを開けている坂崎も


「いや、なかなかいいもんですね、この時間も。いつも東京までは新幹線を使ってしまいますけど、列車に乗ることさえも楽しめますね。決して無駄な時間ではなく有意義ですよ。急いだところで何するってわけでもないですしね」


 ゆったりとした時間が流れる中で、見えてくるものもあるはずだ。時間短縮で失うものも多い。時間の有効利用とは、決して急ぐことだけではないはずだ。


 一行は東京から中央本線に乗り換え、清里を目指した。美しい高原が広がる観光地であるが、過度な開発により、多くのものを失った土地でもある。人のもたらす欲がどれほど凄まじく、そして、どんな結果を招くのかこの町はよく理解しているはずだ。


 清里駅前には開発されると共に、多くのタレント・ショップなどが軒を連ねた。この美しい高原にいったい人は何を求めたのであろうか。押し寄せる観光客を受け入れる宿泊施設も乱立し、過ぎ去ったブームが残した傷跡は、あまりにも大きい。


 宿は大型のリゾート・ホテルを予約していた。地域性なのであろうか、温泉旅館の類はほぼなくホテル形式だ。夕食までの間、各自、自由時間で、大浴場で温泉を楽しむ者、部屋でくつろぐ者、それぞれに楽しんでいる。


 明日は早い時間からホテルを出発する予定で、夕食は日本食レストランに17時の予約を入れてた。前菜の三種盛が出された後、お造りが提供され、綾香が思わず口にした。


「山に来てお刺身もなぁ~。伊豆で美味しいお刺身いっぱい食べれるのに」


 今の時代、冷凍、冷蔵技術も素晴らしく、輸送も早くて、どんな深い山間でも海鮮物に困ることはない。しかし綾香が感じたように、訪れた者が食べたいと思うか疑問だ。他所の土地を訪れたのあれば、その土地の物を食べてみたいと思うことが、ごくごく普通のことであろう。口に合わないものであっても、それがまた旅の良い思い出となってくれる。


 料理はその後、お造りに驚くだけではなく、伊勢えび、アワビと続いて提供された。唯一の救いは鉄板焼きであろう。


 豪華な食事が提供されたが、満足出来たのであろうか。敏也は多くのことを感じて欲しいと願っていた。


 英子は、明日、夜明け前にはホテルを出発する為、みなに早めの就寝をするよう伝え、敏也と坂崎には釘をさしていた。


「お酒はほどほどにしてくださいよ」
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