紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 異変 4

 
 敏也は英子と共に東京にある料亭に足を運んでいた。以前よく通い、板長とは付き合いが長く信頼関係も出来ている。予約の際に個室ではなくカウンター席を頼んでた。


 久しぶりに頂く板長の料理に自然と顔も綻びる。そして敏也は何の前触れもなく直球を投げ込んだ。


「板長、私に料理人をお貸し頂けないでしょうか。5年、いや3年で結構です」


細かな事情を話し終えると、


「坂崎っ!」


奥の厨房を覗き、板長が声をかけ男が姿を現した。


「今日は煮方が不在のため中に詰めてますが、普段はこのカウンターで仕事をさせています。脇板の坂崎です」


 男は姿勢を正し、深々と頭を下げ、敏也も英子も席を立ち、自己紹介をして頭を下げた。


「こちらの方に仕えるため伊豆に行け」


 この料亭で仲居を勤める妻、幸と夫婦での伊豆行きが決まった。敏也にとってこれ以上はないと思える料理人と仲居を、預かることが出来た。


 伊豆のカフェでは、綾香と知明子が激しくやり合っていた。もっとも綾香は知明子の罵声とも思える言葉を一方的に浴びせられ、黙って聞いている他はないようだ。雪子が知明子を制し、


「ちあねー、綾香の話も聞かないと、何も解決できないよ」


 雪子の言葉にようやく我に返ることが出来た。


 伊豆を離れた綾香に、一人の男が近寄って来た。


 男は、綾香には会社から正当なギャラの支払いがされておらず、独立することを強くすすめた。個人事務所を設立しそのマネージメントを引き受けると言う。綾香はその資金として500万の金をその男に渡していた。15のときから働いて貯めたお金だ。知明子が思わず口を出した。


「あんたね、それ詐欺じゃないの?馬鹿なのあんた」


 男とはすでに連絡がつかなくなっている。


「それに、あんたがそんな大金持ってられたの、先生や英子さんのお陰でしょうが。何がまともなお金を受け取ってないって、どこまで馬鹿なのあんた。先生が自分で稼いだお金、好き勝手に使ってる?え?全部みんなのために使ってるじゃないの。あんたがいったい、いくら自分で稼いだのよ」


 知明子が泣きながら捲くし立てる間に、雪子から連絡を受けていた英子と敏也が急遽、東京より戻って来た。店の中に入ると、何があったのかは容易に察しが付く。


「英子さん、綾香を二階にお願い」


 英子が綾香の肩を抱き寄せ二階に上がると、敏也は知明子にそっと近づき、


「ちあ、ありがとう。しっかりと綾香のお姉さんしてくれてたんだね。嫌な思いさせてしまってごめんな」


 敏也は知明子の頭を撫でながら話し、さらに綾香の生い立ちから話しを始め、伊豆での居場所をなくしてしまった自分に責任があると話す。


「綾香には、東京を出るときと同じ気持ちにさせてしまたのかもしれない。綾香にとって写真家などどうでもよく、みんなと一緒にここに居たかったんだよ。綾香にとって最優先なこと、一番安心できることがここであり、それがあって写真なんだと思う」 


 雪子が涙を流しながら敏也の言葉を聞いていた。そして、綾香を傷つけてしまったと悔やむ知明子に、敏也は続けた。


「綾香は嬉しかったと思うよ、きっと」
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