紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 異変 3


 綾香が姿を消してから一ヶ月あまり経っていた。綾香を思う気持ちに敏也も英子も変わることはない。特に英子は、夜一人になり涙することもある。


 15時を回った頃、カフェに和服を着た女性と連れの男性の客がいる。ランチから滞在し数時間が経ち、これといった会話が弾んでいる様子もない。店内の客がこの二人となったとき、知明子に和服の女性が声を掛けてきた。


「すいません、私はこの先の温泉で旅館を営んでおりまして、少しお話させてもらいたいことがあり、お邪魔させて頂きました」


 内容は、何かしらの業務提携が出来ないかとの話だ。知明子から用件を聞き対応した敏也は、単刀直入に切り出した。


「お客様の斡旋でしょうか?」


 言葉を濁した女将も結論的にはその形が出来れば嬉しいと言う。実際に当日の宿泊先を決めずにサイクリングに訪れる客も多く、観光案内所の作成した宿の一覧を持っていく客も多い。


 サイクリスト歓迎の意向を示し、設備を整える宿があれば理想である。


「一度、私共も前向きに考えさせて頂きます」


と具体例を示すことなく、今日のところは一旦引き取りを願った。


 敏也は急遽旅館について調べを進めていた。老舗旅館が新参のカフェにおいそれと頭を下げる、その必要性がどこにあるのか疑問に思うことが多い。実際に客を紹介するに値する宿なのか、見極める必要もある。寿司屋の玄さんと奥さん、銀行、納入業者から多くの情報を得ることが出来た。


 後日、再度訪れ話を急ぐ女将に、


「私に旅館を売りませんか?」


 一度不渡りを出しており、銀行も救済を諦め買い手を探している。二度目の不渡りは時間の問題であろう。


 源泉を欲する大手が買い取れば、明治期から続く宿屋も壊され景観にそぐわないビルが建設されるであろう。低料金で客を集め他の旅館にも影響を及ぼし、それだけに留まらず、輸入食材で賄われる食事は地場産業にとり大きな損失だ。代々続く由緒ある宿を残すには、時間的な余裕もなく、敏也に他の方法を見つけることはできなかった。敏也の説得に女将は頭を下げていた。


「よろしくお願い致します」


 新たな事業展開で、英子を伊豆に呼び、共にカフェを空ける日が多く続いている。そんな中、綾香がちゃりんこカフェに舞い戻って来た。
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