「家族」 敏也 2
ピアニストとドラマーを雇い、「高井義男4」として東京でのライブがスタートした。店の形態もあり、聞いてる客はほぼいない。疎らな拍手でステージを終えるとドラマーの佐藤大介が寄ってきた。
「ナイスベース!いい感じだな。今日はおとなしく叩いて君のプレイじっくり聞いてたんだけどさ、うん、いい感じ。唄ってるベースいないんだよな」
と、人懐こい笑顔で話している。そして、
「客のことはあまり気にするなよ。客は俺たちが目当てでここに来てるわけじゃない。美味しい酒と料理があってここにやって来る。そこで、たまたまジャズライブを演ってるだけさ。ただ、手を抜けば明日から仕事はないよ」
大介と初めてプレーし、初めての会話であった。
ステージを重ねるごとに大介とのコンビネーションは完成度を増していき、うねるような独自のグルーヴを生み出す。決して都会的に洗練された音ではなく、アメリカ南部を思い起こさせる泥臭い音だ。
「何時の日か、世界を目指そう」
二人は音楽だけに留まらず、互いを認め合い、切磋琢磨できる関係を築き上げていった。
敏也がステージの合間に、バーカウンターに腰を降ろしビールを煽っていると、一人の客に声をかけられた。ここ数日の間に数回足を運んでくれているようで、ステージ最前列の席に女性4人のグループで来店していた。
「素晴らしい演奏ですね」
他愛も無い会話から、回を重ねるごとに自身について話すことも増え、
「私、専攻は写真なんですけど、音響も勉強しているんです。音と光ですね。もしお邪魔でなければ、サウンド・チェックとかって見学させてもらうこと出来ないでしょうか」
幸い店の音響担当をしているアルバイトが、同じ学校に通う一級上の先輩でもあり実現することとなった。彼女にとって無論初めてのプロの現場であった。
その後、彼女はバンドの写真を撮り、ポスター、チラシの製作から、バンドをサポートをするようになっていく。そして、憧れから自分をより理解してくれる異性として、敏也に引き込まれていったのだ。ただ、あくまでもビジネスの関係を重視した敏也は、決して男と女の関係に発展させることはなかった。
遠い昔の話だが、今もそれは変わることはない。
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