紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

Primo piatto 嫌な予感


 船は出発した港から湾を渡り対岸に入港し、中心部から見て西の外れだと聞き市街地を目指した。おおよその距離を聞いていたが、その距離を過ぎても駅は見当たらず、かなり遠くまで来てしまったようだ。休憩がてらコンビニに立ち寄り、道を尋ね、再度駅周辺を目指した。


 かなり道に迷い駅に到着したものの、大きな風呂に入りたい欲望からカプセル・ホテルを探したが、見つけられず派出所に入り聞くことにした。駅と繁華街が離れており、繁華街にカプセルがあると教えられ、さっそく向かってみることにした。


 スマホ全盛の時代にあって、派出所に道を尋ね訪れる者が果たしているのであろか。私は今回の旅で何度目であろう。 


 途中コンビニで再度コーヒーとタバコを一服した後、川沿いに出て堤防を追い風にのってとても快適な自転車走行だ。結構なスピードもあってメーターを確認しようとみると、なんとメーターが抜かれている。サイクル・コンピューターがなくなっているのだ。たった数分自転車から離れただけだが、どうも先ほどのコンビニで盗まれてしまったようだ。       自転車の購入と共に買い求め、今までの記録がすべて消えてしまったことになる。たった数分でも抜かずに放置した私にも落ち度があり、起きてしまったことは諦めるしか方法はない。


 失意の中、カプセルに到着すると何か陰湿で、清潔感がまるでないのだ。駐輪場も乱雑で、先ほどの盗難もあり繁華街はどことなく異様な雰囲気を醸し出している。


 再び駅周辺に戻ることを決め自転車を走らせたが、またも道迷いでかなりの時間を要してしまった。この地には縁がないのかと感じ始めていたのだ。


 戻る途中お城を少し見学し、駅周辺に到着しルートイン駅前店を見つけた。玄関先に自転車を立てかけフロントの様子を窓越しに窺うと、女性スタッフと男性スタッフが待機している。中に入るとなかなかの美形で、ここでは整理券を取る必要もなく(意味不明)迷わず女性スタッフに進路を取っていた。
 空き部屋の確認後、部屋をお願いし宿帳の住所欄に三重県四日市市と書き終えたところで、


「自転車で旅をされているんですか」


と声をかけられた。自転車での来店を見ていたらしく、遠方で驚いたのであろう。 少しおしゃべりを楽しんだ後、自転車置き場まで案内すると言われ一緒に玄関を出たのだが、自転車置き場まで直進でわずか10メートルほどの距離だ。口頭でも十分に伝えることが出来るはずだが、あえて付き添って歩いてくれたのは、きっと私に好意を持ったのであろう。


「自転車をちょっと見たかっただけ」


とは決して考えない。男って、自分本位な生きものなのです。一緒に歩く間に見せた笑顔がとてもキュートで、そして自転車に施錠をしている間も見届けてくれ、一緒にフロントまで戻りキーを渡してくれたのだ。


 部屋から浴場に向かう際にも素敵な微笑と、


「お疲れでしょうから、どうぞごゆっくり」


と声も掛けてくれとても感じの良い女性だ。


 大きな風呂を満喫し、夕食に出かけようとフロントに立ち寄り、この女性に美味しいラーメン屋さんを訪ねると、


「美味しいかどうかは好みもあるので」


と前置きしながら、駅周辺には専門店が二軒あり、一店舗のみで営業していている店、多店舗展開しているチェーン店、あとは食堂や居酒屋でラーメンのメニューがある店を数軒教えてもらうことが出来た。


 ホテルの玄関を出ると雨の気配がし、徒歩で向かうことにした。


「こちらの店を選んでね」


と、彼女の心の叫びが聞こえ一店舗で営業するラーメン屋に、ホテルから10分ほど歩き到着だ。のれんをくぐると丁度カウンターに空きがあり、待たずに入店することが出来た。


 私は初めて入るラーメン店では、必ずベーシックなものを注文することにしている。臭みのまったくないあっさりとした豚骨に、焦がしニンニクがたまらない。太目のストレート麺がまた良くスープに合っている。大き目のしっかりと味の付いたチャーシューが二枚、多目のねぎ、きくらげ、海苔が添えられている。


 今の多くのチェーン店のラーメンは700円~900円ぐらいが相場であろう。決して不味いとは思わないが、特別に美味しいと感じる店に出くわした経験がない。ここのラーメンは680円でしっかり満足のできるラーメンであった。


 店を出るとかなりの雨量でタクシーでホテルまで戻り、出迎えてくれたフロントの美しいお姉さまが、


「おかえりなさい。どうでしたか」


と訊ねてきて、個人店に行き、美味しくて大満足だと伝え礼を言うと、にっこりと微笑み、


「よかった」


とつぶやく声が聞こえたのだ。大資本のホテルチェーンでは、まず見ることができない素敵な接客が出来る女性だ。感謝、感謝。


 部屋でしばらくくつろぎ、再びお風呂に足を運んだのだが、女性の姿はもう見られず、おじさま二人がフロントにおり、急にこの地で起きた盗難を思い出し嫌になってきた。早くこの地から脱出したい。

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