紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

“Soul bar-IORI” K祭 共同事業と責任 


 クワンザ三日目を迎えた。供え物のフルーツを一部入れ替え、食べごろになったフルーツはクワンザに共感してくれる客にデザートで提供しよう。これも差別であろう。


 BGMはクワンザの期間中、客の要望がない限り“Marvin Gaye”を取り上げる予定だ。今では通例であるが、この曲が収録されているアルバム“What's going on”から、製作に携わった方の名前がアルバム・ジャケットに記載され始めた。



MARVIN GAYE - SAVE THE CHILDREN


 カラン、カランと呼び鈴が鳴り、3日連続でジン好きの女性が姿を見せ、後で優子が来ることを伝えていた。


 共同事業とは、複数の法人または個人が共同で行う事業であり、個人、法人化、出資比率なども含め多くのパターンが考えられる。それに付随し報酬や責任も大きく係わってくるであろう。ただ、ここで取り上げるべきことは、事業者のみ考えることではなく、事業に拘らず日々の生活での必要性を考えてみても良いのではないかと思う。Marvin Gayeが慣例に逆らい、名前を残したことも考える価値は十分にあることだと思う。


 カラン、カランと呼び鈴が鳴り、昨日の女性が姿を見せ、ジントニックを頼まれ昨日と同じレシピで提供した。


 彼女は最初から会話に加わる様子をみせた。しかし、テーマを聞き、事業者ではないと会話を外すと、ジン好きの女性が、彼女に対し言葉を投げかけた。


「事業を家庭と捉え、ご夫婦での共同事業と考えてみてはいかがでしょうか?」


 話を進めるうちに、彼女が現在している行為は旦那への不満から発したことだと話した。日々は仕事に追われ帰宅も深夜近くで、休日には趣味であるゴルフに時間を費やし子供の相手もしない。夫婦の営みも年に数える程で、自分が家を空けるときは、嘘をつき母親に子供を見てもらっていると言う。


 夫婦は生まれも、育った環境も違うもの同士が生活を営み、多くのギャップを感じることなど想定内だ。仕事での帰りが深夜に及ぶなど、日本の社会構図が異常なこともあるが、不満に対し十分に話し合いが持たれたのであろうか。改善がなければ話し合いが不十分と考えることも出来る。十分に希望を伝え聞き入れられない場合、妥協するか、離婚をするかの選択しかないのである。夫婦間の揉め事の犠牲が子供であってはいけない。子供には親を選ぶことも出来なければ、生命が宿る自由もない。自己の欲望を満たすため子供を放置するなどあってはならないことで、親の資格はない。欲深く押さえが利かない人間であれば親にならなければいい。ただ、それだけだ。親になった以上は責任がある。責任が果たせないのであればもはや人としての資格がないのも同然だ。


 必要以上に厳しい言葉を彼女に向けたが、子を思ったのであろう、目には涙を溜めている。人としての資格を失う前に、早く自宅に戻り子を抱きしめればいい。心の中だけで詫びればいい。そして清算すればいいのだ。


「共同事業と責任がテーマだったのに、大きく内容が変わってしまいましたね。ごめんなさい」


「とんでもないですよ、自己の誇りを取り戻し、未来を切り拓くことは趣旨から外れたことではありません」


 カラン、カランと呼び鈴が鳴り、優子が現れ、ハーパーのロックを頼まれ提供した。話の経緯を優子に二人で話すと、優子の父親は女遊びが激しかったが、いつも母親が自分の側にいてくれたと話、二十歳のときに母親から本能としての男と女の違いを教わったと言う。


「男は動物としての本能でね、より多くの子孫を残すためにそこらじゅうに種を蒔くんだって。で、女は生活を守ってくれるより強い男を選ぶって。男の浮気とかは動物としての本能なんだって。もちろん理性のある人は抑えることができるんでしょうけどね。マスターはそこらじゅうに種蒔いたでしょ!」


「・・・お供えのフルーツを切りますんで頂きましょうよ、サービスです」 

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