“Soul bar-IORI” 日本の心1
今日はジャズでもかけよう。ブランフォード・マリサリス、弟のペット奏者ウイントンとコンビを組み、世界中で人気を得たサックス奏者だ。
彼は以前こんなことをインタビューで語っていた。
「日本人にジャズが理解できるわけがない」
ドアベルが鳴り客の来店を知らせ、20代前半と思われるカップルがカウンター中央に腰を降ろした。
「いらっしゃいませ。お飲み物はいかがなさいますか?」
「僕はバドワイザー」「私はモスコミュール下さい」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
コリンズグラスに氷を入れ、ウォッカを注ぎライム・ジュースを加え、ジンジャーエールで満たしてステアをする。男の客なら面倒で省くこともあるが、女性客にはライム・カットも添えよう。女性に優しくは自然の摂理に乗った行動だ、仕方ない。困っている人を見かけ、女性であれば手を差し伸べ、男性の健常者であれば、「そんなことは自分の力でなんとかしなさい」と放置することが、「男の優しさ」だ、、、たぶん、きっと。
「お待たせ致しました」
乾杯を済ませた後、男はドリンクが出るまで見入っていたスマホに目を移した。女は音楽にじっと耳を傾けているようで、会話はほぼない。今、どうしてもスマホを手にする必要があるのであろうか。今、この時間にしか出来ないことを楽しめば良いと思うのだが、口を出すことでもない。
この若い男に非があるのであろうか。きっと、男の父親が、スマホではないにしろ、家で見せていた姿なのであろう。女性側が退屈している様子を見せるまでは、そっとしておくしかない。
そのとき女性の声が相手の男ではなく、私に向けられた。
「何か、ジャズって心地良いですね、普段あまり聞くことはしないんですけど」
「音楽は、その場所にも、そのときの気持ちにも、あらゆる状況に対応してくれますよね。寂しい気持ちも、怒り狂いたい気持ちをもしっかり受け止め、癒してくれます」
「ジャズなんて私にはきっとわからないんだろうけど、このお店に通って勉強しようかな。また、お邪魔してもいいですか?」
「もちろん、いつでもいらしてください。勉強なんて考えずに楽しめば良いのですよ」
女性は何かしら男に求めるものがあるようなのだが、男はスマホを離す素振りを見せることはない。食べるものが欲しいと女性がメニューを頼んだ。
「え~っと、『タコのマリネ』と、『スティック・サラダ』下さい」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
調理にかかるとドアベルが鳴った。ピアニスト優子の友人が一人での来店で、先客の女性と一つ席を空けた右側に腰を降ろした。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
「へぇ~また来ちゃいました。今日はタンカレーをロックで。あと、『クリームチーズの冷奴風』お願いします。優子のお勧めなんです」
「かしこまりました。しばらくお待ちください」
ロックグラスに氷を入れ、消火栓を模ったグリーンのボトルからジンを注ぎ、軽くステアー。チェイサーとチャームのガーリック・トーストを添えた。そして大根、にんじん、セロリ、きゅうりでスティックを作り、ディップを2種添え、周りにパセリと赤、黄色のパプリカを飾った。
「お待たせ致しました」
出来上がったサラダを見て女性は綺麗とつぶやき、優子の友人が思わず口にした言葉で、顔を見合わせ微笑みあっている。私は、引きつった笑いを浮かべていたであろう。
「マスターって、おしゃべりだけじゃなくて料理出来る人なんだ、びっくり~」
「切ってグラスに入れて、並べただけですよ」
そしてカップルの女性が声を掛けていた。
「こちらのお店、よく来られるんですか?」
「いいえ、まだ、今日2回目ですよ」
私が料理に集中している間、二人は他愛も無い話から、笑顔を交え会話を重ねている。
続く