「家族」 友が残した宝 2
伊豆に戻った敏也に一本の電話が入った。
「おい、敏也、ソーナイスに顔出したってな、オーナーから聞いたよ。で、写真も辞めちまって、お前どうせ暇してんだろ?ベース弾けよ、ベース。いねーんだよ、いいやつが」
大介と自分を世に出してくれた山岸であった。相変わらず人の都合など一切気にしない男だ。
「な、5日で済ませるからさ、録るの。アコースティックなんて辛気臭い楽器持ってくるなよ、エレクトリックで派手に演ってくれ。いいな、また電話する」
参加すると返事などしていないが、もう山岸にとては連絡したことで決まったことなのであろう。演ってみるか、敏也も誘いを嬉しく思っていた。
山岸のスタジオ盤に敏也は招かれ、久し振りに音楽に携われる。何かとても新鮮な気持ちだ。譜面が渡され目を通すと、オーソドックスな4ビートはなく、8分ないし16分で書かれ、音の指定も多く、コードの進行もポップスに近い。山岸が、
「なに演りたくねーって顔してんだ、お前は。な、ジャズやっても売れないんだよ、売れないもんは作ってくれないの。レコード会社がよりポップにって言えば、はい、わかりました、って言うしかないんだよ。後よ、お姉ちゃんいねーか?唄えるやつ。レコード会社が連れてくるやつ、ろくなのいないんだよ。で、女性ヴォーカル入れろって言うんだからな、笑っちゃうよな」
翌日、由香が敏也に連れられスタジオに入った。スタンダードを2曲歌い、山岸も気に入ったようである。そして、
「なあ、敏也、この娘の顔見てびっくりしたんだけど、あれだな、大介のかみさんと一緒の顔してんな。世の中には似た顔が3人はいるって言うけど、ほんとかもな」
思わず由香も話を聞いていて笑顔を見せた。敏也は、
「そりゃ似てて不思議はないですよ、親子なんですから」
ぺこりと由香は頭を下げていた。そして何よりも山岸が自分の父を親しく大介と呼んでいることが嬉しくて仕方なかったのだ。
「曲はあるんですか?唄ってもらうの。よかったらこの曲使ってください」
敏也がピアノに向かい、メロディを奏でて唄い出した。
♪ずっと一緒にいようねって言た
あの日の約束覚えていますか
あの空の向こう側に
幸せがあると信じてたね♪
敏也が大介の死後、妻の里子の為に残した曲が、約20年の歳月を得て娘、由香によって録音された。
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