紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 友が残した宝 1

 
 敏也は料亭を後にして、大学を辞め音楽にのめり込んだ街、新宿に来ていた。まだ、箱バンドとして活動したライブ・パブはあるのだろうか、ふと気になり、吸い寄せられるように身体が向いていた。多くの店が様変わりしているが、ネオンの数は変わることがない。


 “Jazz live So-Nice” ネオン官の一部が切れ、すべての文字が写し出されていないが、店は健在であった。


 “Today's live Yuka Satou (vo)” の手書きの案内があり、地下へと階段が続く。


 店に入りバーカウンターに腰を降ろす。演奏の合間で店内にはバド・パウエルのピアノ・トリオが流れている。ドラムスにアート・テイラー、ベースにポール・チェンバースを迎え録音された名盤ザ・シーン・チェンジズ。


 当時、ポールのベースをよく聞いた。時折聞かせるメロディアスなラインが新鮮で、多くの影響を受けた。と言っても当時のビ・バップ(小編成による即興演奏)の著名アーチストのレコードは、ほとんどこの男がベースを弾いている。マイルス、コルトレーン、キャノンボール、、、必然的にポールのベースが耳に入る。


 ジム・ビームのロックを頼みグラスを傾ける。ジャズには安酒が無性に合うのだ。


「敏也!」


 懐かしいオーナーの声が響くと、カウンターに離れて座っている女性がぴくりと身体を動かし、こちらを見みて視線を逸らした。きっとステージを務めるシンガーであろう。


「いや、久し振りじゃないか、元気してたのか?写真も辞めちまったらしいな」


 他愛も無い話を交わすが、どうも女性がこちらを気にしている様子だ。


 ステージが始まり、敏也は彼女の歌唱力と同時に、真正面から見る顔に驚いたが、きっと他人の空似であろう。


 40分程のステージを終え、シンガーが敏也に近づき声を掛けてきた。カウンター横でオーナーが心配そうな顔で窺っている。


「大きな拍手をありがとうございます。失礼ですが、城山さんでいらっしゃいますか?」


 うなずく敏也に彼女は


「私は佐藤由香と申します。父が生前、大変お世話になりありがとうございました。お目にかかれて光栄です。父の写真に写る城山さんのお顔を覚えていましたので」


 やはり、と敏也は大介と彼の妻、里子の顔を思い浮かべていた。当時の里子の顔に瓜二つである。


 敏也の成功を妬む者の中に、当時、大介を死に追い込んだのは敏也だと言う者もいた。敏也も知ることであり、オーナーも紹介をためらっていた。


 多くの会話を重ねた後、由香は、母親の里子はいつも敏也を気にかけていたと言う。父の死はもう済んだこと、そして、例え死の理由がそこにあったとしても、敏也に非があることなどなく、負い目を感じることなく自分の道を進んで欲しい。敏也に対し感謝することはあれど、恨んだことなど一度もない。そして母は今も元気であり、大介の死後、敏也が里子の為に書き下ろした楽譜を、今も宝物にしていると伝えた。


 敏也は里子の気持ちを聞き、長年痞えていたことに胸をなで降ろした。


「今日、君に逢えてよかった。ありがとう。歌をいつまでも続けなさい」 
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