紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 展開 3


 雪子はカフェの営業を終えると、自主的に清流荘の厨房に足を運んでいた。洗い物を手伝いながら、坂崎の仕事を見て得ようとしている。坂崎からは、作り上げる料理はもちろん、一切の食材を無駄にせず、感謝の気持ちを忘れない姿勢にも学ぶことが多い。そして坂崎は、本質を見る大切さを雪子に説く。


「食材の高い、安いは市場の原理で、高いものが美味しいわけではないし、同じ食材でも季節によって味が変わってしまう。料理は食材がもっとも美味しくなる方法を選べばいいのさ。例えば、真鯛は値段も高くて美味しいけど、時期が外れたら決して美味しいとは言えない。夏場の真鯛を刺身で食べるなら、価格の安いチダイの方が数段美味しいよ」


 敏也はカフェに戻ると知明子と話をしていた。


「ちあ、一応ね、来月で終わるのかな返済。どうする?」


「え?長野に帰れってことですか?」


「いやいや、ただ、報告したまでで、そんな意味ではないよ。ただ、お母さんのことも心配だろうし、無理してないかな?って、思うことはあるけど」


「わかりました」


 知明子は気分を害してしまったようで、席を外し、それ以上話をしようとはしなかった。そして、翌朝、知明子から辞意が伝えられた。


 心配する雪子に、


「私はここにいるべきじゃないのよ。綾香も雪ちゃんも、自分の意思でここに来てる。でも、私の場合は借金があったからね。それに、先生が離婚したとき、ちょっと期待しちゃったかな、先生のお嫁さんになること。おとうちゃん死んで、おかあちゃん一人にしておくのも心配だしね」


 知明子は以降、努めて明るく振舞い、一ヶ月後に母の待つ長野に帰っていった。


 綾香のホーム・ページ製作は、伊豆半島以外の観光協会などからも依頼が入るようになってきた。一般企業からの問い合わせもあるが、今のところ全てを断っている。敏也に理由を尋ねたところ、


「営利団体をクライアントに持てば、自由がなくなってしまう。己のポリシーも曲げないといけない場面も出てくる。例えば、そうだな、魚の養殖業者が顧客にいて、清流荘の料理には養殖魚は一切使いません、なんて言えないでしょ?」


 一方、雪子には、イタリア料理の勉強の進捗具合を尋ねている。そして、今度の休日に、清流荘の女将や坂崎夫婦も呼んで、雪子の料理を披露することが決まった。


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