紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 雪子 1


 翌日、問題なく敏也は目を覚まし、開店の準備をすすめると、自転車で来た一人の女性が外で待ち、英子が中でお待ちくださいと声をかけている。


「いらっしゃい、今日は早いね。すぐコーヒー淹れるから少し待ってね。それにお一人?」


「はい、今日は一人なんです。昨夜から三島にいて、朝、飛んで来ちゃいました」


 彼女は新潟の生まれで、幼い頃に地震で両親と死別し叔母の元で育ち、奨学金で大学を卒業し出版社に就職したと話す。仕事中心に生活をしていたが、奨学金の返済も終わり、自分のこれからの人生を考え直したいとも打ち明けた。そんな彼女に敏也は


「人それぞれに生き方はあるので、何が正しくて何が間違ってるとは言えないけど、私は今まで自分の好きなことだけやってきて、これからもそのつもりだよ。自分より仕事、家族より仕事って、それでみんな壊れてしまうんだよ。豊かさは、上っ面だけで、心は満たされてないのかもね」


 時間は経過し朝のピークを迎えるが、綾香の姿は店にはなく知明子が一人ホールで奮闘している。


 客がレジに向かうと彼女はトレンチとダスターを持ち、自然と身体が動いていた。学生時代にカフェでバイトをし、ここに通ううちに知明子の動きを見て大方仕事を把握してしまったようだ。知明子が礼を告げると、


「私、雪子って言います。宜しくお願いします。知明子さん、エプロン貸してください」


と洗い場にも入って手伝いをする。雪子の楽しそうな笑顔に敏也も英子も甘えそっと見守っている。


 朝のピークが終わり客が引けると、4人はコーヒーを楽しみ、知明子が改めて雪子に礼を告げ、敏也の指示で封筒を手渡した。雪子は受け取りを拒み、


「私が勝手にしたことですし、そんなつもりではないんです。それに私、とっても楽しかった。それだけで十分です。こちらこそありがとうございました」


と、逆に頭を下げているのだ。敏也は徐に席を立ち、窓から富士を眺め、


「今日はいい天気だ。明日の天気も問題ないから、きっとランチも忙しくなるぞ」


「綾香、起こしますか?」


英子が尋ねると、今の綾香に大切なことは、身体を休めることだと言い、困った素振りを見せると、


「もし、ご迷惑じゃなければお昼からも手伝わせてください。私、そうしたいんです」


 ランチの営業は雪子の手伝いもあり、滞りなく終えることができた。ピークを終えた頃に顔をだした綾香も加わり、片付けに入った。


「雪ちゃん、今日、東京に戻る予定かい?」


「いえ、何も決めていませんけど、ホテルが取れるかだけですね」


「部屋ならここの上に空いてるさ。もちろん雪ちゃんがよければだけどね」


 片づけをみなで済ませ、少し早めに店を閉め、敏也がこちらに来てお気に入りのすし屋に5人は顔を揃えていた。


「こんな楽しい日は、ほんと久しぶり」


 雪子の言葉に敏也は多くのことを感じていた。
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