紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 ちあねー

 
 敏也は佐々木を伴い長野を訪れていた。出発の前に、


「夏までに、英子さんに山のことを詳しく教えてもらい、トレーニングをしっかりやって体力を付けておけよ」


と綾香に伝えていた。幸い自転車は心肺機能を高める為にも適しており、足の筋力アップにも、普段使うギアを一段上げ、回転数を減らさないことでより鍛えることもできる。綾香は山を目指し、まだ見ぬ雄大な景色を思い描き、一層自転車に励んでいる。


 長野を訪れると敏也は一軒の焼き鳥屋によく足を運ぶ。20代後半の夫婦が営み、立地に恵まれず店は閑散としているが、朝絞めの地鶏を仕入れ、丁寧な処理、仕込がされていて内臓肉は絶品だ。また、もの静かで生真面目な旦那と、底抜けに明るい奥さんのやりとりも愉快で、居心地の良い店である。


 敏也と佐々木が久しぶりに訪れた心屋ののれんをくぐると、奥さん一人がカウンターから顔を覗かせている。以前とは打って変わり重苦しい雰囲気だ。


 姿の見えない店主を気にし敏也が尋ねると、どうやらあまり芳しくない様子で、酒と女に溺れ店を空けることが多いと言う。散々愚痴をこぼした揚げ句に、店を整理するために必要なお金を貸して欲しいと頼まれる始末だ。


 話の途中にもいくつか薬を飲んでいた奥さんに、


「いずれ伊豆に向かうことになるが、ここを整理し私の仕事を手伝うことが出来るなら」

と、敏也は答えていた。

 敏也にとって調理も接客も出来る人材は必要であり、彼女の人間性もよく知る。それに薬が心配だ。大方、話の内容から、服用している薬が何かは察しが付く。多くの事情があるであろうが、薬に頼るほど心を痛めてしまったのであれば、一旦土地を離れ、やり直すこともよいのかもしれないと考えていた。


 撮影が終わり敏也と佐々木は、すべての整理が終わった知明子を連れギャラリーに戻った。


 接客が得意な知明子は常連客からもすんなりと受け入れられ、店に馴染むのにそれ程の時間は掛からなかった。また、信州の言葉を気にせず話すことも好感を持たれるようだ。綾香にもよい影響を与え「ちあねー」と呼び慕っている。


 日増しに知明子は本来の明るさを取り戻し、通院で店を抜けることもずいぶんと減ったようだ。ただ、敏也の構想を知る英子は、一点の曇りもなく歓迎出来ることではないようだ。
 
 この頃、敏也の離婚が正式に決まった。
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