紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 旅立ち 3

 
 英子は運転をしながら綾香に話しかけるが、返事はするものの自分から積極的に話すことは何もなかった。


 車は市街地を外れ、森の中にある建物の敷地に停まった。山の麓に丸太で造られた建物は、温もりを感じ辺りの景観を壊すことはない。


 中に入ると1階はギャラリーで、販売用写真や非売品の写真、金色に塗られたレコード盤などが展示され、美術館、博物館のような趣である。奥には50席ほどのカフェも併設されている。奥にいた若い女性と英子が言葉を交わし、女性はギャラリーを後にした。


 写真を一通り見終えた綾香はソファーに腰掛け、英子が用意した得たいの知れない飲み物を一口含ませると、瞬く間に顔が歪んでしまった。英子が微笑みながらお砂糖とミルクを入れると、まるでマジックのように甘くて美味しい飲み物に変わったのだ。綾香が初めて口にしたコーヒーである。このとき初めて綾香の笑顔を英子は見ることが出来た。


 「お昼は何を食べたのかな」


英子が尋ねると、綾香は


 「駅のホームできしめん食べました。おいしかった」


と答えた瞬間に、綾香のお腹が「グゥー」と鳴り二人は大笑いだ。 


 綾香はこの先どうするつもりなのか、どうしたいのかも口に出さない。警察官は間違いなく家出だと言うが何も確証はない。たとえ家出だとしても行く当がありそこへ向かうつもりなのかも知れない。


 英子は普段は写真館に居ない事、行く用事があってもほとんどが自転車で、今日はたまたま荷物があり車で出かけた事、そんな偶然も重なり今こうして綾香を招いている。綾香との出会いに不思議な縁すら感じている。英子はこの気持ちを素直に綾香に伝えようと話しかけると、綾香は英子を制し、


「私は家出してここに来ました。どこに行ったらいいかもわからずに、図書館で見た写真集に出てた住所を訪ねたんです。他に行く当てもなく、もうお金もありません。一生懸命働きますのでここに置いてください」


と、涙を流しながら頭を下げている。


 英子は綾香の肩にそっと手を置きうなずきながら


 「綾香ちゃんがいたいだけここに居ればいいのよ。何も心配することはないよ」


と優しく綾香を抱き寄せた。そして綾香の荷物を確認して近くのショッピングセンターに出かけ、生活に当面必要と思われるものを買い揃えギャラリーに戻ったのだ。


                                       3

×

非ログインユーザーとして返信する