紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

Second piatto 知的な女性


 海峡を越えても雨は止むことはなく、ほぼ一日列車を乗り継ぐ旅だ。


 特急列車であれば長時間の乗車にも耐えうるシートの形状、クッション性、リクライニングでそれほど疲れることはないが、ほぼ直角のシートでとても疲れる。車窓からの景観も雨で見にくく楽しむことが出来ない。


 長い長いJRの旅を終え、駅に降り立ったのは20時近くであった。


 今週末にこの地でG7の閣僚会議が行われるため、駅の構内には驚くほどの警察官が警備に当たっており、物々しい雰囲気だ。背中には京都府警、長崎県警など文字が記されており、他府県からの応援のようだ。
 この日程は把握しており、外してこの地を訪れるつもりであったが、すっかり忘れてしまい、異常なまでの警備を見て思い出した次第だ。


 駅構内を出ると雨の様子はまったくない。自転車を組み立て宿探しで、駅の周りには多くのビジネスホテルがあり安心したものの、空き部屋を当たると3軒のホテルで満室である。繁華街を探しカプセルホテルを当たることにした。
 途中警察署がありカプセルを尋ねると、やはり飲み屋街にあり、寝床が確保出来たのだ。


 施設内のレストランに行くと、これまた美しい女性のお出迎えで、


「牡蠣がおすすめですよ」


 早く売り切ってしまいたいのであろう。わかっているが美女に勧められれば断ることが出来ないのが男。やっぱり、、、馬鹿。ただ、私の年代の男は、マカと牡蠣に多く含まれる亜鉛が大切な栄養素である。この旅で、使い道はあるのだろうか。


 翌朝、目的地を地図で確認し向かうと 川に出くわして周りの景観にそぐわない廃墟が目に飛び込んできた。近づくと多くの人の姿がみられるが、観光地で見られる笑顔はどこにもない。本来は、街の象徴とは誇れるものが相応しいと思うのだが、この街の象徴は廃墟である。


 この地に立つことも私は長年思い続けてきたことだ。日本は戦後、永遠の平和を誓い、凄まじい復興を遂げたが、この惨禍の犠牲の元に成り立っていると思う。
 日本人として生まれ、この地と先週に訪れた場所には必ず立ちたいと願い続けていた。
 見たことは決して忘れることが出来ないし、忘れてはいけないことだ。言葉には出来ない。


 朝、この地の出身の知人に電話をいれ、昼休みの時間に電話をくれるとのことで、ベンチが空き腰掛けて待つことにした。


 隣のベンチには自転車を停め、読書にふける女性が座っている。意味もなくスマホを触っているのではなく、読書をしている姿はどことなく知的だ。


 着信があり読書の邪魔にならないように小声で話していたのだが、電話のやり取りを聞かれてしまったようで、電話を切った後、満面の笑みを浮かべ


「楽しそうでいいですね、三重から来られたのですか」


と、声を掛けられたのだ。きっと、私のことが気になり、本を読むふりをして、聞き耳をたてていたのであろう。決して声が大きすぎたとは考えない男って、ほんと馬鹿。


 お互いに自転車乗りとのこともあり、話題は旅の話から自転車、この先に向かう海道にも多くの情報を得られたのだ。そして彼女が待ち続けてる方の話に、都合30分程お付合い頂いた。
 彼女は来日中の元ウルグアイ大統領ムヒカ氏が、来日の際に慰霊碑を訪れたい、との発言を受け待っていると言う。行動日程は公開されておらず、


「お会いできるまで待つつもりです」


と話していた。ムヒカ氏に感銘を受けるなど、やはり知的な女性である。


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 彼の言葉に、


「お金に興味があるのなら政治家をやめ、商売人を目指せばいい」


と発言したことが記憶に蘇り、日本の多くの政治家にこの言葉を送りたい。


 ムヒカ氏が慰霊碑を訪れ黙祷する姿を後日テレビで見て、自分のことのようにうれしかったのだ。



 



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