紀行、小説のノベログです 日々感じていることを盛り込み綴っています

「自転車と列車の旅の追憶」 紀行 完
「大海原」 紀行 完
「家族」 小説 完
“Soul bar-IORI” 短編小説 完

「家族」 異変 1


 綾香、知明子、敏也が伊豆に移り住み、そして雪子が東京から来ておよそ3年が過ぎ去った。


 知明子はちゃりんこカフェの店長として、また、敏也の撮影を影からサポートし充実した日々を送っている。


 雪子は料理の研究を怠ることなく、本格的なイタリア料理にも挑んでいる。


「マスター、私はパスタだけではなく、いろいろなイタリア料理をカフェで提供しないな。本格的なイタリアンを勉強してて、もっといろいろなことにチャレンジしたいんですよ」


 以前、雪子は敏也に自分の気持ちを伝えたことがある。そのとき敏也からは、


「そうか、料理が楽しくなったみたいだね。ただな雪、店にはその店の提供するべき料理があると思うんだ。ちゃりんこカフェは、あくまでも気楽にサイクリストや、近所の人達に立ち寄ってもらえる店であって欲しい。リストランテでもトラットリアでもなく、パスタ屋さんであるべきだと思うな、俺は。ただ、本格的なイタリア料理の勉強は続けろよ」


 雪子の希望は受け入れられなかったが、自身の為、本格的なイタリア料理の研究を怠ることはなかった。


 そして、綾香と敏也の撮影もほぼ最終を向かえてるようだ。英子は敏也の指示で、出版社と折衝をしている。敏也の写真集を手がけたい出版社は多く、さほど難しい売り込みでもないであろう。


「城山の写真集の発売と同時に、弟子の平井綾香をデビューさせたいのです。雑誌の連載ではなく写真集です。いかがでしょうか?」


 新人の写真家が、いきなり写真集を発売することなどまず前例はない。写真集が存在するとすれば自費出版であろう。最初、出版社は難色を示したが、他社に敏也の引退作が流れてしまうことは避けたいようだ。そして、世界の城山の引退作と弟子のデビュー作での話題性も、英子は強くアピールしていた。


 そして、主だった都市で写真展を開き、書店での発売前に各会場での先行販売を行う企画が併せて決められた。


 初版の印刷が終わり、いよいよ写真展の開始だ。札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、博多の順に進み、写真集に収められなかった写真も多く展示され、進行に併せ集客も増えて行く。


 そして綾香には、写真家としてだけではなく、小柄で愛らしい容姿が話題となり、写真集を買いサインをもらう列に多くの男性ファンが並んでいる。


 敏也の写真集が売れればと目論んでいた出版社も、予想を超える売れ行きで思わぬ誤算だ。こうして綾香の名前と顔は全国に知れ渡って行った。そして、英子の元に戻り、主に敏也の後を引き継ぎ、風景写真を中心に撮影して行くことであろう。


 敏也はカフェをのんびりと営みたいと思っていたが、写真集の発売後はより多くの客が押し寄せ、希望通りにはいかないようだ。そしてカフェ内では、綾香と敏也の撮影した写真をポストカードにプリントして販売をしている。


 ポストカードの売り上げは自治体と協力し、伊豆半島サイクリングの休憩ポイントとなる場所へ駐輪ラックの設置などに使われる予定だ。


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